鋼の錬金術師 非公式二次創作ファンサイト

【ブッドレア】恋の予感、あなたを慕う

2024年04月23日

「あれ? 大佐、コロン変えました?」

「分かるかね、ハボック少尉。これから特別な相手とデートなんだ」

 ああ、この話題は藪蛇だったかとハボックは内心舌打ちをした。職務を終えた時刻がたまたま重なり、特に意味もなく問うた事柄だったのだが、隣を歩くロイはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに意気揚々と話を続ける。ハボックの心中などお構いなしに、だ。

 メーカーはどこので、今はトップノートだから云々、デート中はミドルノートで、酔いが回った頃に香るラストノートで相手はイチコロだとか。どうだ、高級な香りだと思わないかと笑顔を向けられ、話半分で聞いていたハボックは思わず引きつった笑みを返す。

 確かに、ハボックがつけても似合わないだろう。ロイ・マスタングだからこそ似合う香りというものも、実際存在するのだと思う。けれど、ハボックが引っかかっているのはそこではない。この匂いを、以前どこかで嗅いだことがある気がしてならないのだ。あと少し、もう少しで、思い出せそうなのに。

「…………あっぶな!」

 無意識に、惹きつけられるようにハボックは鼻先をロイの首筋に近付けていた。それはもう、肌が触れてしまうほどの距離で。慌てて距離を取ったが、ロイはその行動よりもハボックの声量のほうが不快だったらしい。

「喧しい奴だな、耳元で叫ぶなよ」

 デート前に鼓膜が破れたらどう責任を取るつもりだと不機嫌さを露わにするロイに、ハボックは未だ狼狽えるばかりで謝罪や言い訳もできなかった。

 そうだ。思い出した、思い出してしまった。士官学校を卒業後、東方司令部への配属が決まってすぐに呼び出されたあの日。かの有名なロイ・マスタングに名指して呼び出され、ハボックはよほどの失態をしでかしてしまったのだろうと心底肝を冷やした。結果的には隊へのスカウトだったのだけれど、後から聞いた話によればコミュ力と体力が買われたらしい。当時は同期のブレダのように士官学校を首席で卒業、などの肩書が羨ましかったが、今では実家の雑貨屋で培ったコミュ力を誇りに思っている。それがなければ、今こうしてロイと並んで歩くことなどなかったはずだからだ。

 この匂いは、あのときロイがつけていたコロンと同じものだった。

「特別な時につける、とっておきの香りだから滅多に嗅げないんだぞ」

 ロイはきっと覚えていないのだろう。もしかしたらあの後、約束があったのかもしれないとも思ったが、時間帯的に午前の訓練を終えた直後だったからランチデートの準備には早すぎる。だとすれば、誰のために、なんのために。

「ちょっと大佐、近いですって」

「何だ今更。お前から近寄ってきたくせに」

 動揺しているハボックを知ってか知らずか、ロイは更に一歩距離を詰めた。咄嗟に後ずさったハボックの背が廊下の冷えた壁に触れる。逃げ場は、もう背後にはないということだ。

 けたたましく鳴る心臓、浅く荒くなる呼吸。今にも倒れそうなほどに目眩がする。その原因がコロンなのか、それともロイ本人の言動のせいなのかは分からない。

「今のうちに嗅げるだけ嗅いでおけ」

 いや、そんなことよりもこの、凄まじい速さで全身を駆け巡っている感情をどうにかしてほしい。ロイの鼓膜ももちろん大事だが、それよりもおかしな感情に気付かされたことへの責任は一体誰にあるというのか。

 ハボックは心を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をしたけれど、鼻先を擽るコロンの香りがそれを許すはずもなかった。

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